京の雑学
京都に関する雑学をご紹介。
京都五山
京都三大祭
もう一つの葵祭
5月15日に上賀茂神社・下鴨神社合同行われる賀茂祭は、参加する全ての人が葵の葉を身に付ける事から葵祭と呼ばれていますが、京都にはもう一つ別に葵祭あります。それは、松尾大社で4月に行われる松尾祭・神幸祭の3週間後に行われる還幸祭の事で、本殿や神輿を葵と桂で飾るの事から『松尾の葵祭』と呼ばれています。
京都三大奇祭
京都三大火祭
五山送り火
現在、五山送り火は大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形の五山で行われているが、かつては『い』『一』『竹の先に鈴』『蛇』『長刀』といった送り火もされていた。
京都三大門
京都三大門とは、洛西の仁和寺二王門、洛東の南禅寺三門、洛東の知恩院三門を指す。また、仁和寺二王門の代わりに洛中の東本願寺御影堂門を数える場合がある。
ちなみに、石川五右衛門の『絶景かな』のセリフで有名な南禅寺三門は、石川五右衛門の死後建てられた。この有名な挿話は、後から出来たものらしいです。
京都三大念仏狂言
京都三大念仏狂言とは、清涼寺で行われる嵯峨大念仏狂言、壬生寺で行われる壬生大念仏狂言、引接寺で行われる千本ゑんま堂大念佛狂言を指す。
上る・下がる・東入る・西入る
京都では、北に向かう事を『上る』、南に向かう事を『下がる』、東に向かう事を『東入る』、西に向かう事を『西入る』と言います。碁盤の目のように通りが走っている京都では、東西南北の方向感覚があれば便利な事の裏づけとも言えます。
左近の桜・右近の橘
京都御所や平安神宮で見られる左近の桜・右近の橘は、建物に向かって正面から見たら左側に橘・右側に桜と逆に配置されています。これは、玉座から天皇が見られた左右の位置が正式な配置だからです。ちなみに、現在の京都の正式な区画でも、地図を上から見て左側に右京区、右側に左京区があります。
法堂の天井
禅宗の法堂(はっとう)の天井には必ず巨大な龍が描かれている。東西南北の四方、北東・北西・南東・南西の四隅を合して八方といい『八方睨みの龍』などと言われる。
顔が動く龍
嵐山にある天龍寺法堂の天井には、八方睨みの龍が描かれいる。この龍を見上げながら円を描くように移動すると、龍の顔も向きを変えて追ってきます。
築地塀
築地塀とは、屋敷や建物のまわりに土などをつき固めて作った塀のことで、側面には『定規筋』という横線が入り5本線を最上としています。神社仏閣を訪れた時、塀を見てみるのも面白いでしょう。ちなみに、京都御所、東本願寺、西本願寺、二条城の壁には5本線が入っています。
京都のおへそ
市内の中心部ビルが立ち並ぶ中に六角堂(頂法寺)がある。その境内には、へそ石と呼ばれる石があり、京都の中心とも言われている。
五条大橋
五条大橋は、弁慶が牛若丸(源義経)に負けて家来になった有名な場所で今では橋の近くに牛若丸と弁慶像がある。しかし、当時の五条大橋の場所は、現在の位置から一つ北に位置する松原橋あたりに架かっていた。
一乗下り松の決闘
一条戻り橋
清明神社の近くに架かる一条戻り橋には、渡辺綱が一条戻り橋で美女に化けた鬼女の腕を切り落とした伝説や、亡くなったはずの三善清行が一条戻り橋を通っていた途中、一時蘇生し息子の浄蔵と言葉を交わした伝説などがある。
あの世への入り口
六波羅蜜寺の近くに六道珍皇寺というお寺があります。この寺には小野篁が閻魔大王に仕える為、あの世とこの世の往来に使ったとされる『篁冥土通いの井戸』があります。詳しくは、六道珍皇寺と幽霊飴をご覧ください。
京都で最も不思議な場所
太秦の広隆寺から東へ行くと蚕の社(木嶋神社)がある。境内には、元糺の池に日本で唯一の三柱の鳥居が静かにたたずんでいる。境内に書かれている説明には、『今から約1300年前日本に伝わったキリスト教一派(ネストル教)の遺物ではないか』と書かれている。詳しくは、秦氏についてをご覧ください。
八坂神社
八坂神社の名は、祇園坂・長楽寺坂・下河原坂・法観寺坂・霊山坂・山井坂・清水坂・産寧坂の八つの坂が近くにある事に由来する。また、地元では祇園さんとも呼ばれている。
本能寺
本能寺の変で知られる本能寺の”能”の文字は、右部分が縦に「ヒ」「ヒ」ではなく、「ヒ」を重ねたような「去」の字が使われています。これは、度重なる大火にあった本能寺が「ヒ」(火)をきらい、「去」の文字をあてたそうです。
北野天満宮(三光門)
学問の神様で知られる北野天満宮には、日・月・星が彫刻されている三光門があります。しかし、実際には星は彫刻されていません。これには、三光門の真上に北極星が瞬いていたので星は刻まれなかったと言う説、三光門のウサギ彫刻の真ん中に月がありそれを月と見立てる説など様々な説がある。
西本願寺(唐門)
世界遺産の西本願寺には、見事な彫刻が施されている唐門があります。その見事な飾りは日が暮れるのも忘れるぐらい見惚れることから別名日暮門とも呼ばれいます。一見の価値ありです。
先斗町の由来
先斗町(ぽんとちょう)は、元々鴨川の州であった場所を埋め立て造られた。その名は、人家が西側の先ばかりに集中した事からポルトガル語の(PONT)英語の(POINT)の発音に由来する。
秋にお花見
大原三千院から歩いて数分の場所にある実光院には、秋から春にかけて開花する不断桜(ふだんざくら)という名の桜があります。紅葉シーズンには「もみじ狩り」と「花見」が同時に出来ます。また、三千院に向かう途中の参道脇でも不断桜を見ることが出来ます。写真は、三千院(もみじ狩り)で公開しています。
突き刺さる鳥居
京の台所で知られる錦市場には、錦天満宮がありその鳥居の一部はビルに突き刺さるような形をしています。写真は、ロボットおみくじにて載せています。
日本全国すべての神々を一度に参拝
日本最古の茶園
鳥獣人物戯画で有名な世界遺産高山寺には、日本最古の茶園がある。高山寺のある栂尾山は、お茶発祥地ともいわれいます。
光源氏のお墓
嵯峨の釈迦堂で知られる清涼寺には、光源氏のモデルともいわれる源融公の墓所があります。
西寺
西寺は、かつて平安京が遷都されてからすぐ延暦15(796)年頃から、平安京の入り口にあたる羅城門の西側に東寺と対称に造営された官寺である。現存する東寺は対照的に、西寺は焼失以降は再興される事はなかった。現在は石碑のみ存在する。詳しくはブログの東寺をご覧ください。
阿呆賢さん
やすらい祭で有名な今宮神社には、阿呆賢さんといわれる石があります。別名、「重軽石」とも云われ、先ず軽く手のひらで三度石を打ち、持ち上げるに、たいそう重くなり、再度願い事を込めて三度手のひらで撫でて持ち上げる。軽くなれば願いが成就すると言い伝えられています。
おもかる石
全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮伏見稲荷大社には、おもかる石と呼ばれる不思議な石がある。石灯篭の前で願い事を念じ石灯篭の頭の部分を持ち上げ、石の重さが自分の想像より軽ければ願い事が叶い、重ければ叶い難いと言われています。詳しくはブログの伏見稲荷大社をご覧ください。
長州藩邸
京都ホテルオークラの建っている場所は、かつて長州藩邸があった場所で、今ではホテルの敷地内に長州藩士桂小五郎の像が建っている。写真は、大村益次郎をご覧ください。
龍安寺の石庭
龍安寺の石庭は、日本のみならず世界的にも有名です。石庭は、白砂敷の中に大小15個の石で構成されていますが、どの角度から見ても15個全ての石が見れないように配置してあります。
絵馬発祥の地
古来より雨乞いの社として知られる貴船神社は、絵馬発祥の地です。昔、生き馬をささげ雨乞いをし、時には生馬にかえて「板立馬」を奉納したと伝えられる。これが絵馬の原形と言われています。
おみくじ発祥之地
世界遺産延暦寺の元三大師堂の前には「おみくじ発祥之地」の石碑が建っています。写真は比叡山延暦寺(もみじ狩り)をご覧ください。








