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時代祭ギャラリー

時代祭は、毎年10月22日に行われる京都三大祭の一つです。桓武天皇平安京へ遷都されて約1200年間京の都は日本の政治・経済・文化の中心地でした。中世以降武士が力を持ち始めると政治の中心は、鎌倉や江戸に移るものの、平安時代から幕末まで政治的に重要な場所であり続け、様々な英雄豪傑が京の都を目指してきました。明治維新時代から平安時代8つの時代20の行列が、時代を遡って行進する時代祭行列は日本史の凝縮とも言えます。

※各時代区分は、諸説により見解が異なる場合があります

明治維新時代

維新勤王隊列 

徳川慶喜大政奉還により幕藩体制の崩壊した幕末には、薩摩藩士西郷隆盛・長州藩士桂小五郎・土佐藩士坂本龍馬などが活躍しました。

維新勤王隊列では、京都丹波の山国村で結成された勤皇山国隊が転戦した当時の衣装を再現し行進します。赤熊の騎馬や官軍を表す錦旗が見られ、笛や太鼓で時代祭行列を先導します。

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幕末志士列 

桂小五郎西郷隆盛坂本龍馬中岡慎太郎高杉晋作吉村寅太郎頼三樹三郎梅田雲浜橋本左内吉田松陰・近衛忠熈など幕末の志士と七卿落の公卿が行進します。七卿落とは、1863年8月18日尊皇攘夷派の七公卿(三条実美・三条西季知・東久世通禧・壬生基修・四条隆謌・錦小路頼徳・澤宣嘉)が失脚し長州藩へと逃れた政変です。

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江戸時代

徳川城使上洛列 

江戸時代は、1603年徳川家康征夷大将軍となり江戸に徳川幕府を開いてから1867年徳川慶喜大政奉還するまでの時代です。徳川幕府は、武士を頂点とする身分制度士農工商や中国・オランダなど一部の国を除き外交・貿易を制限した鎖国制度などを敷いた。

江戸の徳川幕府が京都の皇室に対し、城使を上洛させた行列を再現しています。城使と跡乗番頭は騎馬、それ以外は徒歩で行進。槍持・傘持・挟箱持が「ヒーサー」の掛け声と毛槍を投げ渡しあう動作のたびに沿道から歓声があがります。

徳川城使上洛列 徳川城使上洛列 徳川城使上洛列 徳川城使上洛列 徳川城使上洛列 徳川城使上洛列

江戸時代婦人列 

江戸時代婦人列では、江戸時代の婦人の衣装を再現し身に纏い行進します。平安神宮御祭神孝明天皇の皇妹和宮を先頭に蓮月・中村内蔵助の妻・玉瀾・梶・吉野太夫・出雲阿国が見られます。

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安土・桃山時代

豊公参朝列 

安土・桃山時代は、1568年織田信長の上洛から1600年関ヶ原の戦いで豊臣政権が終わるまでの時代です。戦国時代末期武力で天下統一を目指す織田信長は、明智光秀の謀反(本能寺の変)で自害。山崎の戦いで明智光秀を破った豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた。

豊公参朝列では、1896(慶長元)年豊臣秀頼の皇室初参内と元服時の行列の一部を再現しています。大名は騎馬、それ以外は徒歩で行進。2人の牛童と牛飼に引き連れられた牛車が印象的です。

豊公参朝列 豊公参朝列 豊公参朝列 豊公参朝列 豊公参朝列 豊公参朝列

織田公上洛列 

織田公上洛列では、尾張の織田信長が上洛した行列を再現しています。 織田信長上洛時に出迎えた立入宗継を先頭に羽柴秀吉丹羽長秀・織田信長・滝川一益柴田勝家が行進します。

織田公上洛列 織田公上洛列 織田公上洛列 織田公上洛列 織田公上洛列 織田公上洛列

室町時代

室町幕府執政列 

室町時代は、1392年南北朝が統一されてから1573年将軍足利義昭織田信長に攻められ足利幕府が滅亡するまでの時期です。室町幕府執政列では、足利将軍をはじめ当時の武士の装束を再現しています。三管四職(足利幕府の職名)にあたる細川氏なども騎馬、医師なども付随します。

室町幕府執政列 室町幕府執政列 室町幕府執政列 室町幕府執政列 室町幕府執政列 室町幕府執政列

室町洛中風俗列 

風流踊りなどの室町時代の風俗や衣装を再現しています。風流傘や太鼓や鉦を打ちながら踊る風流踊りなどが見れます。

室町洛中風俗列 室町洛中風俗列 室町洛中風俗列 室町洛中風俗列 室町洛中風俗列 室町洛中風俗列

吉野時代

楠公上洛列 

吉野時代は、南北朝時代に南朝の後醍醐天皇が奈良県の吉野に吉野朝廷を開いた時代です。楠公上洛列は、南朝の武将楠木正成が、上洛した行列を再現しています。菊水紋旗旗差・錦旗旗差そして主将の楠木正成や副将の楠木正孝が騎馬。その他は、徒歩で行進します。

楠公上洛列 楠公上洛列 楠公上洛列 楠公上洛列 楠公上洛列 楠公上洛列

中世婦人列 

中世婦人列は、中世の婦人の衣装を再現し身に纏い行進します。大原から薪などを売りに来ていた大原女・桂から鮎や飴を売りに来ていた桂女・淀君藤原為家の室・静御前が見れます。

中世婦人列 中世婦人列 中世婦人列 中世婦人列 中世婦人列 中世婦人列

鎌倉時代

城南流鏑馬列 

鎌倉時代は、1192年源頼朝征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いてから1333年鎌倉幕府最後の将軍守邦親王が死去するまでの時代です。城南流鏑馬行列は、騎馬の射手武士と徒歩の的持が行進します。流鏑馬は、疾走する馬上から射手が三箇所の的に向かって鏑矢を放つ武士の稽古の一つであったが、現在では神事として奉納されています。

城南流鏑馬列 城南流鏑馬列 城南流鏑馬列 城南流鏑馬列 城南流鏑馬列 城南流鏑馬列

藤原時代

藤原公卿参朝列 

藤原時代は、平安時代中期から後期を指す。藤原氏は、天皇の外戚として力を付けていき藤原道長の時に隆盛を極める。藤原公卿参朝列は、藤原氏が参朝する行列を再現しています。文官束帯の公卿と殿上人は、騎馬。黒褐衣・褐衣の随身と童は、徒歩で行進します。

藤原公卿参朝列 藤原公卿参朝列 藤原公卿参朝列 藤原公卿参朝列 藤原公卿参朝列 藤原公卿参朝列

平安時代婦人列 

平安時代婦人列は、平安時代の婦人の衣装・鎧を再現し身に纏い行進します。騎馬の巴御前を先頭に、横笛・常盤御前紫式部清少納言紀貫之の女(むすめ)・小野小町和気広虫・百済王明信が見れます。

平安時代婦人列 平安時代婦人列 平安時代婦人列 平安時代婦人列 平安時代婦人列 平安時代婦人列

延暦時代

延暦武官行進列 

延暦時代は、782年から805年桓武天皇の時代を指します。784(延暦3)年、奈良の平城京から京都の長岡京へ遷都。794(延暦13)年、長岡京から平安京へ遷都されました。延暦武官行進列は、延暦時代の武官の行列を再現し行進します。将佐・主将・副将は、騎馬。口取・従者・矛持・弓持は、徒歩で行進。主将は、坂上田村麻呂を模したものとされる。

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延暦文官参朝列 

延暦文官参朝列は、延暦時代の文官の参朝列を再現し行進します。 三位(浅紫色の朝服)・四位(深緋色の朝服)・五位(浅緋色の朝服)・六位(深緑色の朝服)が、騎馬。舎人・口取・馬杓持などは、徒歩で行進します。

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神幸列 

神幸列は、神饌講社列・前列・神幸列・白川女献花列・弓箭列とに区別され行進します。神饌講社列は、神饌物を奉献する列。前列は、胡蝶などの衣裳姿の列。神幸列は、本列。白川女献花列は、献花列。弓箭列は、平安遷都の時御列を警護した弓箭組列。

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